明治四年創業以来、高級和牛専門店として皆様に最高の牛肉をお届けしています

老舗のこだわり神戸元町の大井牛肉。高級和牛の豊かな味わいを直営店・ご家庭でご賞味ください。

ホーム > 大井肉店について
店舗のご案内

大井肉店昔ばなし

 

神戸肉の基礎を築いたとされる初代「岸田伊之助」

1868年の兵庫開港(後の神戸港)に伴い、神戸の町には多くの外国人が住むようになりました。こうなると食習慣の違いが新商売をうながし、真っ先に出た要求が『肉』。当時の日本で牛肉を確保するのは大変難しいことでした。

二ツ茶屋村の百姓・岸田伊之助が外国船の船長に生きた牛の納入を依頼され、農業用の牛を納めました。これは商売になると見た伊之助は小売りを始めると、その美味さの人気は港湾労務者から一般市民へと広がっていきました。

明治4年、伊之助は妻の実家の姓を屋号につけた「大井肉店」を開き、これが神戸初の牛肉販売店「大井肉店」の創業となります。
間もなく初代兵庫県知事の伊藤博文や、福沢諭吉たち著名人が奨励した事も重なってか、神戸での牛肉食は急速に広まり、明治8年の郵便報知(現在の報知新聞)には『肉食の盛んなところは神戸が第一で、1ヵ月に八百頭の牛をさばく』と記されています。

大繁盛してからも伊之助はどうすれば肉質を良くできるか、常に考えながら播州、但馬と足を伸ばしては牛を歩いて連れ帰りました。また洗練された牛の解体技術、肉牛の見分け方など品質を高める努力を怠りませんでした。この伝統が「コーベビーフ」をつくり出す事となったのです。

明治20年、大井肉店は精肉店を開き、バルコニー付きで窓にステンドグラスをはめ込んだモダンな洋館造りのこの店舗は、当初神戸名物の一つであったほど。また明治35年には保存のきく『牛肉味噌漬』や『牛肉佃煮』を研究開発し、土産用に全国で好評となりました。

昭和42年の区画整備により同店舗はなくなりましたが(現在愛知県の明治村にて当時の資料として移築保存されています。)、神戸にある本店では1階にて独自の基準を設けた最高品質の黒毛和種牛肉の販売を、階上では和牛レストランを変わらず経営しております。

旧店舗外観
明治村に移築された建物では、当時を忍ぶ趣向で、明治村食堂様の経営でレストラン営業されています。
明治村についてはこちらをご覧下さい(公式サイト)
旧店舗
ページトップ

三大和牛・神戸ビーフのルーツは?

一般的に神戸ビーフで知られている但馬牛。各国にある三ツ星レストランのシェフが「Kobe Beef」を買い付けるほど、海外からも高級和牛として名高い品種です。

但馬牛のルーツは、現在山口県萩市見島に残っている見島牛と言われ、その希少さから昭和3年に天然記念物に指定されています。おとなしくて力強く、粗食に耐えて飼いやすい見島牛が神戸に来て但馬牛に、松坂に行って松坂牛に、近江に行って近江牛となったそうです。

但馬牛は平安時代には主に都で牛車に使われていた事、江戸時代になって大阪の天王寺で開かれた牛市に出された事などから、「見すぼらしくてはいけない」という事で毛の艶をよくする飼育技術が発達しました。
幕末には神戸よりも約10年早く長崎、横浜、函館の三港が開港しますが、海運に便利な立地である神戸から、横浜の居留地に住む外国人へ食用として但馬牛が送られます。そして横浜では先立って但馬牛の高い評判が広まり、1868年の神戸開港時には多くの外国人が買い求めたと言われています。

淋しい漁村に過ぎなかった神戸港が賑わったのに、神戸牛が一役買ったと言っても過言でなく、大井肉店が生肉を供給し出したのもそういう時代のことでした。

ページトップ

日本人は牛肉をいつ頃からで食べていたのか?

飛鳥時代から明治に入るまで、日本では肉食が公的に禁じられていましたが、解禁されるもっと早くから、日本人が牛肉を食べていたというエピソードが残っています。

江戸時代、彦根藩では近江牛の味噌漬を作り、薬用として食されていたようです。公然と食べることができなかったので薬という名目を使ったのかもしれませんが、滋養力には定評があり、味がよく日持ちする事から贈り物に用いられました。彦根藩主であった井伊直弼が水戸の徳川大名に、大石内蔵助が堀部弥兵衛に送ったという記録も残っています。

しかし、こういった将軍や重臣だけでなく、もっと広く、一般の人々にも食べられていたのではというエピソードが。
それは日本の代名詞でもあるSUKIYAKI、そう「すき焼き」です。
すき焼の語源は農業用の鋤で焼いたからと言いますが、『好き者』が食べた焼き肉からきたというのです。
というのも、すき焼の老舗は遊郭のそばが多く、遊び客、つまりは好き者が精をつけるために食べていたという事です。これは先に述べた『滋養力』からすると納得がいきます。
また遊郭に通う人達が肉食禁止というタブーにおとなしく縛られるはずがなく、当時贅沢であった砂糖をふんだんに使った焼き肉を奔放に味わい、たっぷりと精をつけ遊郭でのひと時を楽しんだのではなかろうか・・・。

外国人から広まったとされる牛肉食が、実はもっともっと昔から日本人に愛されていたと思うと非常におもしろいです。

ページトップ

大井肉店資料室

 

昭和40年頃の大井肉店本店の営業風景

 
ページトップ

宮内庁御用達に選定された当時の風景

昭和二十九年頃。宮内庁御用達をいただいた時の風景です。
受注票(クリックで拡大表示)
ページトップ

昭和の頃に大井肉店の記事が掲載された新聞

画像クリックで拡大表示します 。
朝日新聞 昭和41年4月   掲載紙不明   掲載紙不明
読売新聞 昭和41年5月17日   掲載紙不明   サンケイ新聞
ページトップ

大井肉店のこだわり

大井肉店では、老舗ならではの目と心で選び抜いた牛肉の販売を、当社実店舗のみに限定し、他店への卸業を一切お断りしております。
それは先代の「わざわざ店まで足を運んでくださったお客様に、卸の残り物となった牛肉を買って頂くという失礼な事は出来ない」という想いを今も受け継いでいるためです。
大井肉店の通信販売では売切れ等でご迷惑お掛けする事もございますが、『厳選』した商品は数に限りがあって当然とご理解頂ければ光栄です。
ご家庭で、お贈り先で絶品をご堪能頂けます様、大井肉店ではこういったこだわりを持った高級和牛販売を続けて参りたいと思います。この機会に是非本物をご賞味下さい。
※大井肉店から精肉を卸されているお店についてお問合せ頂く事がございますが、そちら同名他社であって当店とは一切関係ございません。
ページトップ
 
大井肉店・本店(レストラン)
〒650-0022 神戸市中央区元町通7-2-5 TEL078-351-1011 / FAX078-351-5494
トップページ